こんにちは、jinbocchiです。
このブログは、毎日毎日、少しずつでもいいから文章を綴ることで自分のアウトプットの力を伸ばしたい、という自分勝手なブログで、毎朝7時に更新されます。と言いつつ数日、朝には更新されてません、頑張ります。
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最近、朝早く起きたことで1日がとっても長く感じました。俗に言う、早起きは三文の徳、でしょうか。なんだか1日が長くなったことによる時間の猶予のできた感覚はよかったです。
ただ、それと同時に、浮いた時間に何をしようか悩む側面もあったりしますよね。それはそれで、変なストレスにもなります。
普段からやりたいことや、取り組みたいことはノートやTwitterにメモがわりに入れとかないと、時間を無駄にしちゃいそうですよね。けど、それが多すぎるのもうまくいかないストレスになりそうです。jinbocchiです。
さて、今日は『褒めてもらえるような世界をもっと作ったほうがよさそうよね。』というタイトルでお届けします。
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学習塾の指導者採用をさせてもらうことで気づくことが結構いろんなところにあります。
前回の記事でも、それらしい話をしました。
さて今回は、「褒める」ということについて、です。
「褒める」と言う行為自体は珍しくもなんともないんでしょうが、指導者の方々にはあらためて「褒める」ということを意識してもらうよう伝えます。
というのも、指導者の方々に「最近褒めてもらえましたか?」なんて聞いてみると、95%は「褒められてないですねぇ」と返ってきます。
盛っているようでしょ?いや。リアルにそんなところ。集計してないですけども、「褒められてます」と回答してくれた方は、ほんといなくて、一人、二人とか。なので95%はそこそこ正確です。きっと。
興味深いのは、塾の指導者に応募しくれる人ってのは、学習の分野にいては、そこそこの成績や結果を残したパターンが多いとは思うのです。だから、それに対して「褒められていた人」すくなっ!って感じちゃうのです。
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これについては、割とシビアに考えちゃうことがあってですね。
とかく受験や勉強という世界において、どうやら褒めてもらえることってめっちゃ少ないんじゃないかってこと。
他の世界はよくわかりませんが、ね。
ワタシ自身は、褒める行為を意図してやってます。生徒に向けて、学生に向けて。それって結構当たり前のように見えて、とっても珍しい行為のようでして。
褒められなれていない彼らは、ちょー照れたり、カラッとした照れ笑いをしたり、むしろ無反応だったり。褒められ慣れていない様子がたくさん見られます。
なんだか、悲しいって思っちゃうんすよね。
もっとたくさん観察してあげたら、もっとたくさん褒められる。
それって、形式的なお世辞のような言葉とは違うんですよね。その子が、何に悩んでいるのか、何を頑張っているのか、何を好きなのか、何を成し遂げているのか。それらをよーく観察してとらえられるなら、褒めるという行為は、的確な変化をした部分を認めてあげられることになります。
それが少なすぎるんじゃね?って感じなんすよね。
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これって、「褒める」の逆の「叱る」を考えると、少し解像度が上がって見えてきます。
「叱られたことはある?」の問いには、さっきと逆で95%の人は「叱られたことがある」と答えそうじゃないですかね。
これだって計測してないので、ぜーんぶワタシの主観ですけどね。
「褒める」と「叱る」の逆関係はイメージ湧くんだけど、なんか「叱る」にウェイトありすぎるというか、なんというか。
昔、教育実習に行ったときに言われたことで「1つの悪い部分の指摘があったら、3つの良い部分の指摘をしましょう」というのがあります。これって、別に甘やかすとかじゃなくて、それくらい意識して観察しないと、良い部分を見つけることは出来ないんじゃないのかな。
逆にね、叱るべきポイントのような悪い部分は、目につきやすいんじょないかなぁ。
そんな気がしてます。
そうすると、褒められている人がこんなに少ないことに、なんとなく理解はできるけど、納得なんてのは出来ないですよね。
みんな、もっと褒められるようにしないと。
そのための具体的なことは、長くなったので、ここでは書けないですけども。よく観察してあげることから始めよう。
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今日はこんなところで終わりにしようと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
明日が今日より少しでもよくなりますように。